自分の責任の範囲内で行なうのならともかくとして

失敗や挫折というものは、成長につながるものです。
そのことを考えれば、どんどん失敗して、そのたびに改善していくことは良いことなのでしょう。
その意見については、私も賛同しますし、むしろ「どんどん失敗してください」と言うことも多いです。
お仕事をこなしているときも、基本、そういう姿勢で私は臨んでいますから。

ただし、それは失敗や挫折の被害が、自分の責任の範囲内に収まるときだけです。
あるいは、自分の責任を超過しても、周囲の人間がカバーできる範囲内である場合です。
そうでない失敗は、多大な迷惑を撒き散らし、時として誰かの人生を潰してしまうことさえもあります。
また、同じ失敗を何度も繰り返し、成長することもなければ被害を撒き散らす……などということに至っては言語道断。

もちろん、そういう人間であっても、失敗から少しずつ成長している……と思いたいものです。
ただ、そういうダメな人間をすくい上げるために、他の人間が害を被っている状況を無視して良いものか。
信義にもとる行為ですから、私に、その選択は出来ません。
家族や恋人、唯一無二の親友だというような他の強烈なつながりがない限り、それは無理です。

そもそも、「次に活かせれば良いだろ(※『次へ活かします』ではない)」は、自分で口にするものではありません。
あくまでも他者から送られるエールの言葉であって、それを自ら言うのは、無礼千万。
己の傷つけた人間を蹴り飛ばし、唾を吐きかけるような、非道な行為です。
正直、罵声を浴びせてその場から逃げる人間より、性質が悪いとしか言えません。


    *****

もちろん、礼や義というものは、難しいものです。
かくいう私自身も、至らぬ部分は多くあるでしょう。
実際、それらに欠けることも、過去に多くしています。
それが原因で、他人へ、そして自分自身へも不利益を与えてきました。

そのため、今はそれら礼儀を全うしようと、常に心がけています。
何故なら、少しでも気を抜けば、自分自身が礼儀や仁義に欠けた行為をしてしまう……。
そのことを、誰よりもよく知っていますから。
今でも、おそらく少し気を抜いただけで、そういう行動をとってしまうことでしょうね。

ただ、そんな私だからこそ、私はそれらに関して敏感です。
何故、そうするのか、何がそうさせるのか。
それら信義にもとる行為の理由(それが真実であるかどうかはともかくとして)について、察することが出来るのです。
同時に、それを制御できない人間……あるいは制御できない、制御しようともしない人間に腹が立つのです。

ですから、私は聖人でもなければ君子でもありません(このブログでも時折、言いますけれど)。
むしろ、それと対極にある、どちらかといえば悪辣な人間でしょう。
しばしば口にするように、基本、自分本位で行動して、そのついでに他人を考える性質ですから。
ただ、狡猾というほど賢くないですし、下劣という表現はまったくの的外れですけれどね。

    *****

ともあれ、私自身は、そういう人間なので。
聖人ぶるつもりはない……というよりも、間違いなくそれとは縁遠いわけですから。
それでも……むしろだからこそ、言えることというものはあるわけです。

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2016.07.18 | | Comments(0) | Trackback(0) | 雑記

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プロフィール

久遠未季

Author:久遠未季
ファンタジア大賞第24回後期で四次選考落選……が最高にして、唯一書ける応募歴。小説を書き始めたのは2005年3月頃からですから、才能があるわけではなく、単純に諦めが悪いだけですね。最近は三次落ちなども、ちょろちょろありますが、割愛。

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